これまで多くの医療機器メーカーや医薬品メーカーの方々とお付き合いしてきましたが、一流(最大手)メーカーの人ほどERPを品質管理のツールと捉えて導入されている気がします。一般には、ERPは企業活動で発生した取引を自動仕訳の機能によって会計転記していく会計的な色彩が濃いITツールですが、これを物(原材料、半製品、製品)やそれらの設計の厳格な管理を行う目的で使うイメージです。
こちらでは、成功している医療機器(医薬品)メーカーの方々がERPに持たせている機能やそのイメージをお伝えしていきたいと思います。
本来のERPとは
この記事を読まれているような方々にとっては今更感があるかとは思いますので、簡単にご説明したいと思います。Wikipediaでは、ERPについてこう書かれています。
企業資源計画(きぎょうしげんけいかく、Enterprise Resource Planning)は、企業全体を経営資源の有効活用の観点から統合的に管理し、経営の効率化を図るための手法・概念のこと。ERPと略称される。これを実現するための統合型(業務横断型)ソフトウェア(統合基幹業務システム)を「ERPパッケージ」と呼ぶ。
要は企業の資源(人・物・金)を管理するITツールですが、企業活動がうまくいっているのかどうかを最終的に判断する「成績表」として、P/L(損益計算書)やB/S(バランスシート)、キャッシュフロー計算書などの財務諸表として表現され、管理するものです。
従って、財務諸表として企業活動の成績を確認できるようになるのは、月次であれば早くても2,3週間後、期末決算の速報でも2か月は後になる企業が殆どでしょう。成績表をもらった時には既に過去の話になってしまっています。その結果を見て施策を考えたとしても過去は取り戻せません。
企業を取り巻くビジネス環境の変化は益々激しく、高速化しています。PDCAと言われるような「P:計画」を「D:実行」して、その結果を「C:チェック」し「A:修正行動」を採っていく考え方はあるのだとは思いますが、そのフィードバックループが半年、1年などと言う長期では明らかに競合に後れてしまいます。
私は若いころ、ある大手製薬会社のIT部長さんに「死んだ子の年を数えてどうするんだ」と言われたことがあります。もうすでに亡くなってしまった子供が今生きていれば何歳で・・・と「過去の話をいつまでもしていてもビジネスの世界では負けてしまう」という意味で、今になって考えると確かにその通りだと感じています。
やはり、ERPの本当の価値はパッケージの標準的な業務フローを参考に会社全体の業務プロセスを見直し、シンプルに最適化していくその導入過程にあるのだと思います。その意味で単なるシステムツールと考え、安いからと言って業務改革を出来ないSI会社に依頼するのは間違いでしょう。
少なくとも業務設計の部分はしっかりとした業務(戦略)を考えられる人達に頼むべきです。
扱う製品・サービスによってERPの役割が変わってくる
ERPとは元々は上記のようなITツール(パッケージソフト)なのですが、それを踏まえた上で扱う製品・サービスによって使い方の重みが変わってきます。私は大きく2つのタイプがあるのではないかと思っています。
設計に重点がある業界
自動車などに代表される組立型の産業がこれにあたります。製品の仕様(スペック)は製品のマーケティング・企画や設計段階で部品メーカーと密に連携して作り込まれ、ほぼ決定しています。それに対して製造は下請け会社や外部サプライヤーから部品を調達し、ほぼ組付けるだけです。
そこにあるのは、組立品質とコスト管理ですので、ERPでは殆どの場合モジュール単位でBOM(部品表)に設定され、最終的に何台製造されたかを後追いで展開してサプライヤーに支払いを起こすのみです。
医療機器メーカーも多くはこのタイプに入るかと思いますが、後述のように医療機器メーカーの場合は品質管理に重点が置かれますので、ERPの使い方も自ずと違ってきます。
製造に重点がある業界
一方、製品の企画や設計よりも実際の製造に重きが置かれる業界(産業)もあります。それは、アルミや鉄、ガラス、紙、食品など多くのプロセス型の産業です。これらの製品にも製品設計は当然ありますが、実際には製造段階で大きく(設計に関わる)品質が変わってきますので、製造段階で常に品質を確認する必要があり、製造すること自体が難しい製品だと言えます。
これらの産業の多くは巨額の投資を必要とする大規模な工場が必要な設備産業でもあり、その減価償却費を含め製造コストの割合が大きいため、ERPも製造原価管理に力点が置かれる傾向にあります。
製品自体が付加価値に対して大きく・重いため、その物流費・倉庫保管などにも大きなコストがかかる産業でもあります。
医療機器メーカーにとってのERPとは
医療機器メーカーのERPの重点
医療機器メーカーは明らかに上記の「設計に重点がある業界」です。FDAの監査でも、マネージメントコントロールや生産工程管理と並び「設計管理」が FDAの査察官向けの査察ガイド(QSIT)で重点領域とされています。
しかし、設計とは言っても医療機器メーカーに求められるのは単に製造に入る前の「製品設計」ではないのです。そこで求められるのは、製品が市場に出てから、もしくは製造段階での品質不良の根本原因がどこにあるのか、その(出荷)製造、DMR(機器原簿)設計の記録が紐づいた形で記録・保管され、参照できる状態である必要があります。
そして、CAPA(Corrective Action; Preventive Action)のプロセスを通して根本原因の是正・予防措置を講じることが出来るプロセスであるかどうかが監査されます。従って、IT的な発想では通常PDM(製品設計監理)のシステムで担う機能とERPで持つ機能が横断的に記録として連携・管理される必要があるのです。
医療機器メーカーにとって品質ドキュメント管理は軽視できない
FDAの監査官はどれか1つのロットに注目し、その流通・出荷から残っている在庫、そして製造段階の記録と遡り記録の提示を求めてきます。そして、その製品の製造の元となった機器原簿(DMR)から設計履歴(DHF)へと波及し、設計段階に問題があるとなれば更に同様の設計基準で設計された製品にまで及ぶのです。
FDAの査察官は多くの問題は設計にあり、設計変更を含めその記録の管理が十分であり、一度市場での問題が発生すれば小手先の手直しに終始するのではなく、根本原因である設計まで遡って是正・予防措置を講じるプロセス・マネージメント体制であるかを見ています。
医療機器メーカーにとってERPパッケージの限界
それでは、上記の様なパッケージソフトがあるかと言えば、一部大手IT会社のパッケージに似たような「コンセプト」の製品を見たことがある程度で、個々の機能が不十分な状態でしたので期待薄です。
私の知っている(国内最大手)のメーカーのIT部長さんは、どうしようもないのでSAPの品質モジュールを基にかなり作り込んでいる、と言われていました。SAP本社に働きかけて開発させていたので巨額の費用になっていたかと思います。
しかし、世界中で製造・販売していくには海外の基準で通用する品質(を担保する仕組み)を持っていなければ太刀打ちできないと言うことなのでしょう。
まとめ:医療機器メーカーは品質ドキュメントを中心に考えるしかない
医療機器メーカーにとって、「品質は戦略」です。国内のISO13485だけ見ていても QSR(21 CFR 820)には対応できません。
いわゆるERP的な財務管理も必要ですが、医療機器メーカーとしては、通常ERPで管理する調達・製造・在庫・出荷と言った物流段階の記録とPDMで管理する設計管理を品質の視点で横断的に記録・管理する方法を考えていくしかないのです。